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愛亀ときどきアクアリウム

カメーロメモリアル記念館①

・目次

はじめに

僕が溺愛していたニホンイシガメのカメーロ♂が2018年12月25日に、1年6ヶ月という短い生涯の幕を閉じました。

かわいいカメーロをこんなに早く死なせてしまい、ホントにやるせない気持ちになりました。1ヶ月くらいの間は、まさに心にポッカリと穴が開いたような精神状態でした。

何をしていても死んでしまったカメーロのことを考えてしまい、考えたところでどうにもならないような取り止めのないことばかりで、ずるずると悲しみを引きずりました。

迷子防止の鈴を付けて元気に公園を散歩していたときのカメーロf:id:kameroch:20190503174408j:plain

かわいかったカメーロは約1年半という短い間ながら、たくさんの楽しい想い出を残してくれました。

そんなカメーロとの想い出を、形にして全て残したいという思いから「カメーロメモリアル記念館」を作ろうと考えました。

何やら大層な物を作るかのように聞こえますが、早い話が「カメーロメモリアル記念館」というタイトルのブログ記事を書くだけです。

カメーロと過ごした約1年半で撮り溜めた動画や写真の中には未公開の物もけっこうあるので、それらを全て公開しながら思いつくままに想い出話などを書いて、それを一つの記事にまとめようと考えていました。

しかし冷静に考えてみると、それを一つの記事にまとめようものなら、とんでもない巨大な記事になってしまいます。

動画や写真の物理的な量はもちろんですが、更に動画は編集作業という先がまったく見えない大量の作業量も付いてきます。

極めつけに、「思いつくままに想い出話などを書いて」等と簡単に考えていましたが、そんな巨大な記事の文章をまとめられる気がしませんし、書く気力も最初から湧きません。

そもそも「一つの記事にまとめる」必要性が微塵もないことに、今さっき気付いたので「カメーロメモリアル記念館①」という感じに番号を付けて小出しで不定期に書いていくことにしました。

話を本題に戻します。

この「カメーロメモリアル記念館」は自分のために作るようなものではありますが、このブログにふらっと立ち寄ってくれた人が、今はもういないカメーロのことをちょっと知りたいなと思ってくれて、かわいいカメーロのことを少しでも見て行ってもらえたならば、僕はそれが何よりも嬉しいです。

カメーロ生誕

カメーロは2017年7月15日、大阪府東大阪市にある石亀ファームさんで生まれました。

石亀ファームさんからカメーロを連れて帰って来たときにもらった書類に、カメーロの生まれた日付が記されていたことで明確な誕生日がわかりました。

一般的にどうなのかわかりませんが「カメなのに明確な誕生日がわかっているカメ」というのが、僕の中では密かに少し嬉しかったりもしました。

カメーロが家に来た日

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下の動画はカメーロが家に来た日の動画と、数日後にメダカのプラケースで遊ばせていたときの動画です。

少し大きいほうがカメーロで、もう一匹はカメーロと一緒に石亀ファームさんから家に来た初代メロンちゃんなのですが、僕の不注意が原因で脱走してしまい行方不明になってしまいました。

家に来て最初に食べたのは乾燥エビ

ホテイアオイの根っこにしがみついて隠れているカメーロ

初代メロンちゃんはこのあと行方不明に

このとき、初代メロンちゃんは泳いだり浮島に乗ったりと活発に遊んでいたのに対して、カメーロはホテイアオイの根っこにしがみついて隠れて出て来ませんでした。

僕はそんなカメーロを嘆くかのように「キミももっと遊びなさい」という意味合いで、カメーロをホテイアオイの根っこから剥がして浮島に置いたのです。

すると初代メロンちゃんは駆け寄るかのようにカメーロのいる浮島まで泳いで行き、まるで「ドンマイ」と声を掛けているかのような仕草で、カメーロの甲羅の上にそっと手を乗せています。

カメーロに「ドンマイ」という優しい言葉を残し、初代メロンちゃんはこの後このメダカのプラケースから僕が少し目を離した隙きにいなくなってしまいました。

脱走してしまい行方不明になってしまうことと、病気で死なせてしまうことは、大切な愛亀を失うという意味では何ら変わりのないほど辛いことです。

脱走の殆どの場合は防くことが出来るだけに責任は完全に飼い主にあるので、むしろ死なせてしまうことよりも、こちらのほうが悔やんでも悔やみきれない後悔ばかりが残るのかもしれません。

もし初代メロンちゃんが今もどこかで健康に生きてくれていたならば、それだけでどんなに嬉しいことか。

では今回はこの辺で。

次回は『カメーロメモリアル記念館②』です。

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